「働きたい」という思いがあっても、通勤や移動が難しいことで、就労や社会参加の機会が限られてしまう。
福岡市では、こうした課題に対し、ICTやロボットなどの先端技術を活用することで、自宅などにいながら仕事や社会参加ができる可能性に着目。分身ロボットOriHimeを活用した実証事業を進めてきました。
令和4年度には博多区役所や高齢者施設での実証をスタートし、翌年度には高齢者施設や障害福祉事業所で作られた商品を販売する「ときめきショップ」へと活用の場を拡大。案内や接客、商品説明、レクリエーション支援など、さまざまな業務を検証しました。
実証の中で見えてきたのは、「遠隔から仕事ができる」という可能性だけではありません。
OriHimeを介して会話が生まれ、少しずつ「ロボット」ではなく、その先にいる「人」として受け止められていく。そこには、これまで外出が難しかった人が社会とつながり、活躍する姿がありました。
今回は、福岡市における分身ロボットOriHimeの導入背景から、実証を通じて見えてきた変化や課題、今後の展望について紹介します。
「働きたい」を可能性につなげる。福岡市がOriHimeを導入した背景
福岡市がOriHimeの活用を始めた背景には、重度の障害等によって外出が困難な方々の就労機会が限られているという課題がありました。
── 分身ロボットOriHime導入の背景・きっかけを教えてください。当初、どのような課題意識と期待がありましたか。

福岡市ご担当者「福岡市では、重度の障害等により外出が困難な方について、働く意欲や能力があっても、通勤や移動の制約により就労の機会が限られていることを課題として認識していました。
そこで、ICTやロボットなどの先端技術を活用することで、自宅等に居ながらでも仕事や社会参加ができる可能性に着目し、分身ロボットOriHimeを活用した実証事業を開始しました。
当初は、重度障害者等の新たな就労機会の創出とともに、実際の業務現場においてどのような業務で活躍できるのか、また受入れ先にどのような効果があるのかを検証したいと考えていました。」
── 導入当時、分身ロボットOriHimeをどのように活用していましたか。

当初は、博多区役所1階の魅力紹介コーナーにOriHimeを設置し、自宅等から遠隔で操作する重度障害者等が、伝統工芸品である博多織の案内や来庁者への声掛け、簡単なフロア案内を行いました。また、同年度には高齢者施設でも実証を行い、施設利用者との会話やレクリエーション補助などにも取り組みました。
その後、令和5年度には高齢者施設や障害福祉事業所で作られた商品を販売しているときめきショップへ活用の場を広げ、利用者とのコミュニケーションやレクリエーション支援、商品説明や販売支援などを実施しました。さらに令和6年度は、これまでの実証結果を踏まえながら、より効果的な業務や活用方法の検証を進めました。
実証期間を通じて、分身ロボットが、外出が困難な方の就労機会の創出や社会とのつながりづくりにどのように活用できるかを検証してきました。」
「ロボット」から「その先にいる人」へ。変わっていった受け止められ方
導入当初、OriHimeは「ロボットが会話をする」という珍しさや驚きをもって受け止められることが多かったといいます。
しかし、実際に会話を重ねる中で、その印象には変化が生まれていきました。
── OriHime導入当初からお取組み終了時点まで、住民の皆様や職員の皆様の受け止められ方にどのような変化を感じられていましたか。

福岡市ご担当者「導入当初は、「ロボットが会話をする」という珍しさや驚きをもって受け止められることが多かったと感じています。
その後、実際にコミュニケーションを重ねる中で、住民や施設利用者の方々からは「ロボット」ではなく、その先にいる人との交流として受け止められる場面が増えていきました。
また、実証先の施設等の職員についても、当初は運用面での戸惑いもありましたが、継続する中で活用方法への理解が進み、新たな就労の形やコミュニケーション支援の可能性について具体的な意見が出るようになりました。
一方で、施設利用者の特性や運用方法によっては職員のフォローが必要となる場面もあり、社会実装に向けた課題も明らかになりました。」
── 印象に残っている住民・来庁者の反応や、寄せられた声があれば教えてください。

福岡市ご担当者「博多区役所では、『自然なコミュニケーションで、障害があるということが分からないほどだった』といった声や、『ロボットに興味を引かれて説明を聞いてみようと思った』といった反応がありました。
また、高齢者施設では『会話が楽しい』『また話したい』といった声が聞かれ、中には『持って帰りたい』と話される利用者の方もおられました。
さらに、ときめきショップでは、来店者から『自然なコミュニケーションで接客も上手』といった声が寄せられ、実際に商品購入につながった事例もありました。
実証事業を通じて、遠隔で働く方々の活躍そのものに関心や共感を示していただく機会が多かったことが印象に残っています。」
受付、案内、販売支援……実証から見えてきた、広がる活用の可能性
実証を重ねる中で、OriHimeをどのような場面で活用できるのかについて、職員の方からもさまざまなアイデアが寄せられました。
── 職員の皆様からは、どのような反応や活用アイデアが挙がっていましたか。また、今ご利用されるとしたら、どのように活用したいですか。

福岡市ご担当者「実証期間中は、受付補助や案内業務、商品説明のほか、レクリエーション支援や見守りなど、さまざまな活用アイデアが挙がりました。
また、フォーラムやアンケート等では、病院や企業の受付、学校・保育施設、美術館や博物館、各種展示会場などでの活用可能性についても意見が寄せられました。
現在活用するとすれば、コミュニケーション業務に加え、人手不足が課題となっている受付や案内業務など、遠隔での就労の特性を活かしやすい分野での活用可能性をさらに検討していきたいと考えています。」
── 自治体として、障害者就労支援や住民サービス等において、分身ロボットの活用をどのように位置づけていましたか。

福岡市ご担当者「福岡市では、分身ロボットOriHimeを、外出が困難な重度障害者等の就労や社会参加の可能性を広げるための有効な手段の一つとして位置づけていました。
実証事業を通じて、実際に働く機会の創出だけでなく、人とのつながりや社会との接点づくりにもつながることが確認できました。また、高齢者施設や店舗などにおいては、新たなコミュニケーションの機会を生み出すなど、住民サービスの向上にもつながる可能性があると考えていました。」
一人ひとりが社会とつながり、活躍できる環境へ
実証を通して見えてきたのは、遠隔での就労が重度障害者等にとって新たな選択肢になり得るということでした。一方で、現場でのフォローや受入れ体制が重要であることも見えてきました。
── 今後の活用展望や、実現したい姿について教えてください。

福岡市ご担当者「実証事業を通じて、遠隔での就労は重度障害者等にとって有効な選択肢の一つになり得ることが確認できました。
今後は、分身ロボットの活用に限らず、ICT等を活用した多様な働き方について検討を進めるとともに、民間企業や福祉関係者への周知を図りながら、より多くの就労機会につながる環境づくりを進めていきたいと考えています。
また、一人ひとりが障害の有無に関わらず、意欲や個性に応じて社会とつながり、活躍できる環境の実現を目指していきたいと考えています。」
── 導入を検討している他の自治体の読者へ、メッセージをお願いします。

福岡市ご担当者「分身ロボットの活用には、これまで様々な事情によって就労や社会参加が難しかった方々の可能性を広げる力があると感じています。
今回の実証では、就労者のやりがいや自信の向上、利用者との新たな交流、受入れ先での新しい価値の創出など、多くの成果を確認することができました。一方で、受入れ体制や運用方法など、社会実装に向けて検討すべき課題も明らかになりました。
こうした技術は、一人ひとりの状況に応じた多様な働き方や社会参加を実現するための有効な選択肢の一つだと考えています。まずは小規模な実証から始め、地域の課題やニーズに合わせて活用方法を検証していくことで、新たな可能性が見えてくるのではないでしょうか。
ぜひ多くの自治体の皆様にも、地域課題の解決や新たな就労機会の創出に向けた選択肢の一つとして検討いただければと思います。」
OriHimeを通じて生まれたのは、仕事の機会だけではありませんでした。
そこにいる人と話し、笑い、関わる。
そんな何気ない時間が、離れた場所にいる人と社会をつないでいきます。
福岡市での実証は、テクノロジーによって「働く」だけでなく、「誰かとつながる」という選択肢も広げられることを示しました。
一人ひとりが自分らしい形で社会と関わり、活躍できる。そのための新たな手段として、分身ロボットの可能性はこれからも広がっていきそうです。




